カテゴリー「インターン日記」の11件の記事

2008年9月17日 (水)

インターン日記/会報発送作業

第186号の会報発送作業をしました!!
みなさんと時おりお話して笑いながらも、集中して作業しました。

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みなさん姿勢がいいですねshine

この会報が多くの方に読まれて、
少しでもノーマライゼーション社会の実現につながるといいなと思いますflair

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これはボランティアの五十嵐さんの「渋皮煮」です
とっても大きいですよねsign02

作業の後はみんなでお茶を飲み、
穏やかな時間を過ごしましたspa

【P-NPOICPインターン生:冨村 美帆】

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2006年5月22日 (月)

障害をもつ人たちの仕事場2

記事より

障害者の権利と政策(川田時彦氏、大谷強氏・障害者政策研究全国集会実行委員)より 2006.5.13の記事

~障害者市民を雇用している企業担当者からの意見~

http://www.ops.dti.ne.jp/~t-otani/syogai.html

[記事の概要]

企業側の川田さんによると、民間企業には利益の獲得・分配・配分することが目的であるが、福祉という目的と相容れることができるのか、また、ハンディを持った人ときちんとコミュニケーションが諮れるかが心配事である。
採用時は福祉ということで採用するわけではなく、あくまでビジネスとしての業務の理解や作業の実践ができるかなどをみる。障害のあるなしにかかわらず、社会の一員として就労する機会・それに対する対価も当然同じである。自立支援を継続していく意義は大きい。障害者の人たちが社会に出て自立していくことが一番大事な事で、就労して働き続けること、それによって自己を高めていくことが可能性を広げていくのではないか。また、福祉側(授産施設など)からも新しい雇用のあり方を提案するなど企業に働きかけてほしい。福祉にかかわっている人たちも企業と同様、事業として継続していく努力も不可欠ではないだろうか。積極的に企業のノウハウなどを吸収していくことも必要である。

[感想]

 このインターン日記では今までも障害をもつ人たちの就労について何回か書いてきたが、今回は企業側からの意見が載ったものを見つけたので読んでみた。やはり、障害をもった被雇用主側と雇用主側の間では同じ考え方、異なる考え方がありとても勉強になった。

 まず、障害者も企業も”障害者の自立”という共通の目標を持っているということである。

 次に、企業側が障害をもった人たちを雇う際に感じる、コミュニケーションの不安についてであるが、これは障害を持った人たちも感じていることである。障害のあるなしにかかわらずに初めてなら尚更、誰でも職場のコミュニケーションには不安を覚えるはずである。初めだけサポートの人をつけたり、研修期間を十分に取るなどの対策を講じれば不安も解消できる。

 さらに、雇用する側ではやはり利潤を追求することを第一に活動しており、ビジネスとして業務を見ているためどうしても雇用の際に多少の制限が生じてしまう。対して、被雇用者側はまだまだ雇用率や賃金が低いという思いを持っている。私は障害者の雇用問題の原因のひとつとして、お互いの考え方や認識の違いもあるのではないだろうかと考えた。先に挙げた考え方の違いやそれぞれ異なる要求を相手に求めているのである。例えば障害者が求めているものは、”雇用”のみならずその後の働きやすい職場環境などである。企業側が求めているものはビジネスとしての業務理解・作業、また、障害者が自立した社会参加への希望を持っていることなどである。まずは相手が何を求めているのかをしっかりと把握することが重要だろう。両者が同じ目標を持っているのであるから、もっと理解しあえば理想に近づくことだできるはずだ。

最後に福祉に携わっている人たちに対して、”事業として”継続していく努力、とあるが私にはまだわからない。ただ、企業や福祉関係、さらには行政が自分の持っている知識や経験をだしあって共有すれば継続しやすくなると思う。そのためにもお互いの協力は不可欠である。

【インターン meg】

2006年5月15日 (月)

障害者条例案、現在審議中

2006.5.13 毎日新聞・千葉ニュースより

[記事の概要]

 「障害のある人もない人も暮らしやすい千葉県づくり条例」は全国初の制定をめざし千葉県が2月の議会に出した条例案であり、12日、臨時にこの条例案の問題点などの吟味のために委員会が開かれた。意見は市町村や自民党側の「教育差別(第11条)等の修正を視野に入れている」という意見と県側の「修正は考えていない」という2つの意見に分かれた。県側は今後、企業や医療関係者からも意見を聞き、委員会で報告するという。

[感想]

 まず、市町村側の条例案に対する意見として、保護者との対立からの教育現場の混乱を挙げ、修正を要求している。確かに現行の法律に従ってきた市町村にとって、この条例により現場等が混乱することはある程度予想し納得ができるが、学校現場では学校生活や学習面においても介助の人材を障害をもつ子ども達に配置したり、保護者への十分な説明を行うことでかなり問題を避けることができるであろう。教育差別だけでなく、この条例のほかの問題もこのように施設や制度の利用によって解決できる面は大きいと考えられる。また、そのために県が各市町村へ助成策を出すなどの取り組みがあればそれぞれの負担減にもなるはずである。

 学校教育法に反するという点では、法律のほうが条令よりも効力が大きいために市町村の意見も理解できる。しかし敢えて少し矛盾したものをつくってはどうだろうか。私は今後この条例が全国的に障害者への意識改革の流れを作り、法改正への動きにつながっていく事を期待したい。

 最後に、条例を読んだ限りではあるが曖昧な印象を受けた。「基本理念を定め、県、市町村及び県民の役割を明らかにする」という条例自体の目的には大いに賛成できる。今後より具体的な施策を検討し提案して欲しい。

【インターン meg】

2006年4月22日 (土)

記事より;障害者自立支援法

2006.4.9 毎日新聞より

 ~ニュースワイド2006;障害者自立支援法施行 負担増に強まる反発(北海道)~

記事の概要]

 障害者福祉サービス利用料の原則1割負担を求める障害者自立支援法が、今月1日に施行された。帯広市では独自の負担軽減策を予算に盛り込み、障害者のこれからの負担を軽減する方針である。しかし札幌市では、このような軽減措置を設ける予定はなく、市民からの反発が起きている。

 またこの法律により、負担感の大きい低所得の当事者やその家族は不安が募る。また、今まで自立的な生活を送ってきた人たちにも、ヘルパーやデイサービスなどを諦めるなどといった自立への支援に弊害が出てきている。

[感想]

 「障害者の自立」とは、どのような形を言うのだろうか。自立という辞書的な定義では「他の援助や支配を受けず自分の力で身を立てること」とあるが、必ずしもこれが私たちの生活に当てはまるものではないと思う。なぜなら、誰でも周りの手助けがあって社会生活をしているのである。障害者も例外ではない。私たちにとっての自立とは、自らが働き、周囲とかかわりながら自分の生きがいや喜びを得、社会の中で生きていくことだと思う。そのために、福祉サービスが必要不可欠な人も中にはいるだろう。その人たちにとってこの法律は財政的負担だけでなく、生活そのものや働くこと、つまり自立的な生活に影響を及ぼすはずだ。

 確かに、以前の国の財政負担の大きさを考えると、負担増もわからなくない。また、この法律の施行で障害者は福祉サービスを一元化することでより多くの種類のサービスを受けやすくなったという面もある。しかし、障害者の負担増に対して、先にあげた帯広市のような対策もできる。自治体による軽減措置がより多く広まり、障害者負担の地域の格差をなくすとともに、障害者の人々がサービスを気軽に受けられる環境を作っていかなければならないと考える。

 またこの法律の施行の前に、たとえば障害者の雇用率を引き上げたり、職場環境の整理などを整えるなどといった具体的な自立政策を行うべきであった。自立主体の策を投じる前に負担を増やしては、自立への道は開きにくい。10月には新たな施設、事業体系へも移行される。この問題を早く検討し、見直してもらいたい。

【インターン meg】

2006年4月 4日 (火)

障害をもつ人たちの仕事場

障害者の就労~賃金について~

[資料]
インターネット:知的障害者の賃金、経営者と人事労務担当者のための人事・賃金・労務・社会保険講座;雇用

[感想]

 障害者の賃金、特に知的障害者の賃金は低いことは、前回のインターン日記にも書いた通りだが、それによって現在も多くの障害者の人達が自立的に経済生活を送ることが困難になっている。今回はそれについてどうしていけばいいのか考えた。年金などの受給額を上げることはもちろんだが、それだけでは不十分だと思う。障害のあるなしにかかわらず、多くの人が自分が働いてお金をもらうことによって、自信や、働く喜び、達成感を味わう。障害の程度にもよるが、できる限り働いて得る収入自体を社会全体で増やしていくべきである。
 まず、彼らの生産性をどう評価して賃金に反映させていくかであるが、企業では体験・研修期間を用いてその人がどんな作業に一番向いているのか見極めて最も適したところに配置し、生産性を高めるよう努力したり、彼らを職場でサポートをしながら評価できる人材を雇用するなど、障害をもった人がそれぞれに能力を最大限発揮できるようなサポート体制と、それを正しく評価する体制を築いていくべきだ。
 また、特例子会社であれば、彼らの就労に関する規則・基準を作りやすいが、作業が区別されることが多いためにその基準が正当かどうかを一般の給与体系などと比べにくいという点がある。この時社会全体から見た正しい取り決めを心がけなければならないと思う。
 問題はこれだけではなく、多くの障害者の人たちが働いている中小企業では、大企業に比べて賃金がどうしても低くなってしまうことや、多くの就労先で社会保険の加入や年金、退職金の保証が受けられないことなどたくさんの課題がある。また、障害の程度や能力も人それぞれで基準の決め方も難しい。
 簡単には解決できない問題であるが、少しずつ改善していくようこのことを主張したい。

【インターン meg】

2006年3月22日 (水)

新聞記事から

過去の新聞記事から 
2003,7,5~ 神戸新聞 働きたい・・障害者の現状 より

[記事の概要]

・障害者を雇用する職場は少なく、法が定める雇用率を満たしているところは少ない。知的障害者に限ればなおさらである。
・兵庫県では障害者の就労を支援するネットワークを立ち上げた。行政や福祉関係者、事業主、NPOなどが障害者の就労を手助けする試みを行っている。
・福祉工場などの法廷施設が少ないこともあり、作業所が増えている。

[感想]

 障害者の雇用率が低いことは以前から知っていたが、ふと考えてみると、普段の生活の中でも障害をもって働いている人を目にする機会はやはり少ない。たしかに障害者が働くにあたって作業の効率などから利益への弊害も出てくるだろう。しかし、利益を目的とする企業でも地域の一員としての役割を果たすべきだと考える。
 そこで行政の出番である。行政が制度や助成等の支援を行うことによって企業側の負担も減り、障害者の雇用もしやすくなる。その上で、被雇用側は職業訓練や能力開発などをし、企業側は法令を少なくとも満たすことができるように知的障害者が行える仕事を工夫したり、以前にも書いたようにジョブコーチを導入したりと双方が努力すれば障害者の雇用率はもっと上がるだろう。企業側は雇用後も働きやすい環境を作り、心がけなければならないが。このように行政や地域は双方の架け橋となり、円滑に雇用を進める上で重要である。
 次に、私が障害者の就労について知るようになり、まず障害者の給与が小規模作業所などにおいて、健常者のそれと比較してみて格段に低いことにショックを受けた。どうしてこのような状況から脱しないのだろう。作業に必要な能力が健常者と同等であってもなお賃金が低いなどのように障害者の労働を公正に判断し、評価していく基準を明確に設ける必要がある。また、このことが全国的に一般的なものになっていることも問題であると思う。この問題については次回も少し取り上げてみたい。

【インターン meg】

2006年3月16日 (木)

小野さんとの出会い

昨日からカフェでお世話になっている中村です。

今日は、カフェでゴマと胚芽のクッキーの袋詰めを手伝い、小野さんにブログの書き方を教わりました。小野さんはおっとりしているなかに味のあるキャラが効いていて、とても楽しい人でした。最近は、任天堂DSがマイブームらしいです。これからも色々と教えてください。

【nakamura】

インクルーシブ教育2 

 前回に引き続いて、インクルーシブ教育について考えました。

[記事の概要]

学校教育を中心とする関連法令改正を求める要請
・障害のある子どもが通常学級に就学し、希望によっては特別支援教室に就学できる制度・障害のある子が通常の学級内でニーズに応じた教育を受けるものとする制度
など
また、2・16「学校教育法等の改正に向けた対案提起」院内集会報告を読んで

[感想]

 報告を読んで、インクルーシブ教育の実現に向けて、法改正への要請があることを知った。また、普通学級に障害のある子が入学してもさまざまな問題は生じ、解決しなければならないことも知った。
 この問題に対しては、子ども一人一人が違うように、彼らへの対応の仕方もそれぞれ変えることが要求される。本人、保護者、学校、教師、行政で話し合って検討し、ニーズにあった教育を見つけなければならないと思う。
 さらに、地域によって、障害をもった子への対応の仕方が多少異なったものとなっている。私の地元では、小学生の時、視覚障害をもった子が同じクラスで一緒に学習していたが、その子の親が教材をすべて点字に翻訳して準備したり、生活面のほうも親が大きく関わっていた。知的障害をもった友人は、一日のうちの数時間をいわゆる”特殊学級”で過ごす形をとっていた。しかし、別の地域出身の人に聞いてみると、障害をもった児童をサポートする職員を学校において普通の教室で学習するようにしたりする地域や、全く別のクラス編成として分かれてしまうという地域もあったということで、地域によって対応の仕方が様々であることがわかった。これらは行政や地域の考え方の違いや財政面での違いからくる結果であると思うが、普通学級で誰もが自由に学べ、適切なサポートが受けられるような一定の基準を設け、全国的に統一するべきである。また、自身が選択肢を持って選べることが重要であり、その方向性を周りの行政や地域などが尊重し、支援していくことが大切だと思う。

【インターン meg】

2006年3月 2日 (木)

今日のコメント

2006.2.25(土) 毎日新聞より
~インクルーシブ(包み込み)教育のシンポジウム・豊中市~

[記事の概要]

大阪府豊中市で、障害のある子もない子も共に育ち合う“共育”について話し合うしンポジウムが行われた。内容としては、
・実際の障害児のニーズがわからない(決め付けてしまう恐れがある)、また、実際にニーズに答える教育は非常に難しい。
・健常児に合わせて学習することは必要か。社会に出て、そのことが役に立つのか。逆に学校を分けて障害児として囲ってしまうのか。現在の能力別の教育体制について。
・友人の存在が大きい。子供たちはお互いに認め合い、刺激し合いながら生活し、学習していく。共に生きる教育があって、共に働き、共に生活する社会がある。また、それには連続性が必要である。

以上のことなどが話し合われた。

[感想]

私が小学生のとき、クラスの中に知的、身体的障害を持った子がいたが、その頃は私も含め周囲はごく当たり前に共に生活していたと思う。彼らは一日の数時間、校内の特別学級に行き授業を受けるという形や、周りと全く同じ学校生活を送るという形をとったりしていた。しかし、中高と進学するにつれて、学校生活において障害を持った友人と接する機会はどんどん減っていった。途中で特別支援学校に転校したり、高校には行かない、という子が多かった。私の高校では、生徒全員が健常者であったが、それについて高校生の私は不思議には感じていなかった。想像力が足りなかったのだと思う。しかし、この問題について知り、考えるようになってみると、現状が確かに変だということがわかった。共に学校生活を送るとき、確かに学習面では学年があがるにしたがって、難しくなるところもある。しかし、この記事のように友人同士のやり取りによるお互いの成長などといったプラスの面ももっと考慮されるべきではないだろうか。
これまでの私のように、この問題について何も知る機会がなく、今の制度が当たり前だと考えている人たちがたくさん存在するはずである。周囲の人たち、地域の人たちにこの問題について気づいてもらうことやこれからどうすればよいのか具体的に考えてもらうことができれば、課題解決の大きな力となるだろう。
現実問題として、高校進学には学力の問題などの壁が立ちはだかっている。まだ私はどのような解決の仕方がよいのかは正直わからない。これからこの問題を周りに伝えながら、私自身がもっと知識を蓄え、考えていきたいと思う。

【インターン meg】

2006年2月15日 (水)

本日のカフェ

こんにちは。急に暖かくなって、春を近くに感じた今日この頃です。冬から春への移り変わりが一番嬉しいのは私だけでしょうか。カフェにはすでにお雛さまが現れました。

カフェのひな人形
カフェのひな人形 posted from フォト蔵

今日は、江美子さんが「ならしの地域で生きる会”ふらっと”」の会報誌に載せるための絵と記事をスタッフと一緒に書きました。ふだんのカフェでの様子を伝えようとあれこれと考えていました。

本日のカフェ
本日のカフェ posted from フォト蔵

本日のカフェ
本日のカフェ posted from フォト蔵

江美子さんらしさがとてもよく出た記事になっていたと思うので、皆さんもぜひ見てください。

江美子さんのイラスト
江美子さんのイラスト posted from フォト蔵

【インターン meg】

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